薄暗い店内。


でも、その中で奏でられる音は


キラキラ輝いて眩しいほどだった...








*** Moonlight Serenade








周助の部屋には、レコードがたくさんある。そのうちの半分はクラシックだけど、後の半分はジャズだ。今も周助は、ジャケットを調べたり、さっき買ってきたレコードを眺めたりと、本当に好きみたい。わたしは、というと、クラシックの方は知ってる曲も多いから結構聞くけど、ジャズは、うーん、何だか難しそうで...でも、今流してる曲は好き。えっと、、、何だったっけ?


「ムーンライト・セレナーデ、だよ。」
「え?何でわたしの考えてること、分かったの?」
「え?って、フフフ。、無意識だったの?口から言葉が出てたよ。ぼそっとだったけど。」
「え?ほんとー???」

あはは、ってカワイイなぁ、と、またいつものように軽くあしらわれてしまった感じ。でも、びっくりしたー。わたし思わず口走ってたのね。あはは。恥ずかしい。えっと、そうそう。アーティストは何だったっけ。

「えっとねー...」

またもや、周助の口から、わたしの頭の中の答えを言われそうだったので、今度は必死で制した。

「あ、待って。アーティスト名は思い出すから。えっとえっと......あ、『グレンミラー』!」
「フフフ。正解。」

やったぁ、とわたしは思わず両手を挙げてバンザイをしてしまった。そしてまたもや、クスクスと笑われる始末。もう、この人ったらどこまで大人なんだか。本当に中学生?って疑いたくなるよ、ホント。自分の彼氏ながら、同級生だよね、って確認したくなっちゃう。周助といると、自分の幼さが余計に目立ってくるっていうか。はぁ、もっと周助に見合うような、大人っぽい感じになりたいなぁ。


「あ、、またミョーなこと考えてたでしょ。」
「え?」
「”はぁ”って、ため息。」
「あ......」
「フフフ。僕は、そのままの君が好きなんだから、ヘンなこと考えないように。君も、同じように僕のこと思ってくれてたら、それで十分なんだから。ね。思いは通じ合ってるんだから、僕たち。」
「う、うん。」

そう言いながら、周助はわたしの頭を撫でてくる。うーん、やっぱりお子ちゃま扱いされてるような...でも、そうよね、周助がそう言ってくれるんだもの、ずっと信じていよう。にしても、いつもながら、サラリと凄いこと口にするんだよね、周助って、やっぱ大人だなぁ。


「そうだ。また、のピアノ、聞きたいな。」
「え?わたしの?」
「うん。だって、去年の文化祭の時に弾いてから、それから聴かせてもらってないし。」
「あー、でも、今、あまり弾ける曲ないかなぁ...」
「今、練習してるのでもいいよ?」
「うーん...あ、でも、どこで弾いたら......」

すると、周助はちょっと考え込んで、そして、

「あ、そうだ。今からちょっと出掛けない?」
「え?どこに?」
「いいところ、思い出したんだ。きっとも気に入るよ。」


よし、じゃあ早速行こうか、周助はそう言って立ち上がって、レコードを片付けて、行く準備を始めた。そう。結構思い立ったら即行動に移しちゃうところがあるってことに、周助と付き合い始めてから気づいた。見た目、結構おっとりしてるように見えるけど、意外と行動派かも、と思ってしまう。でもそんな意外な一面を見れるのも彼女の特権。わたしは俄然嬉しくなる。


二人でバスに乗り込み二回乗り継いで、行き着いたところはちょっと異国情緒の漂う小洒落た雰囲気の通りだった。外国に憧れてるわたしはとってもウキウキした気分になる。さすが周助、わたしの好み分かってる、というよりは、こういう点では、結構好みが合ってるのかもしれない。

周助は、こっち、と言いながらわたしの手を引っ張って、どんどん小道を進んでいく。そして、ちょっとした喫茶店のようなところへと入っていった。


実際、喫茶店、というよりは、わたしたちのような中学生が入ってもいいのだろうか、とちょっと躊躇してしまうような雰囲気の、大人な感じのところだった。でもいわゆる飲み屋さんのような感じとも違って、わたしなんかでも落ち着く雰囲気の場所。不二くんっていろんなところ知ってるんだなぁ、と半ば感心しながら着いて入ると、マスターらしき人が、やぁ、いらっしゃい、と声をかけてくださった。


「マスター、こんにちは。」
「周助くん、いらっしゃい。今日はカワイイ子と一緒なんだね。」
「えぇ。あ、マスター、いつもの二つ、もらえますか?」
「あぁ、いいよ。ゆっくりしておいで。」


マスターさんは、そう言って、カウンターの方へと入っていって、グラスを二つ用意してくれた。そして、周助は、どうぞ、と言ってカウンターの少し高めの椅子へとわたしを促した。わたしはちょっとワクワクドキドキしながらその椅子へと腰掛けた。
それから、マスターさんから黒っぽい飲み物の入ったグラスが二つ、わたしたちの方へと差し出され、周助がグラスを持ったのでわたしも倣ってグラスを持ち、二人で、カンパイ、と言ってグラスを合わせた。

「美味しいよ。飲んでみて。」
「これ何?」
「ブラックティーだよ。姉さんと来た時は、必ずこれをもらうんだ。」

へぇ、なるほど、とわたしは思いながら、それを口にした。思ったよりもほんのり甘めで、普通の紅茶みたいだった。とっても飲みやすかった。

「うん。美味しい。」
「でしょ?」
「そっかぁ。周助、ここに、お姉さんと来るのね。」
「まぁ、夜はさすがに来れないし。たまに姉さんに連れられて一緒に来るんだ。だから、僕だけで来たのは初めてかな。」
「え?そうなんだ。」
「テニス部のみんなと来るようなところでもないしね。一人で来るにはちょっと、だし。」
「フフフ。確かに。でも、わたしたちだけで来て、良かったのかなぁ。」
「そうだね。どうだろ。」
「え?周助?」
「フフフ。でも、ちょっと内緒にしといたほうがいいかもね。」
「え?じゃあやっぱり、ここって、そういうところなの?」
「アハハ。いや、ジョーダンだよ。昼間は喫茶店をやってるんだ。」
「もう、周助ったら...でも、何だか嬉しいな。」
「良かった。喜んでもらえて。」
「うん。ありがとう。」

このお店の雰囲気のせいか、周助がとっても、いつもにも増して大人っぽく見える。わたしは、どうだろ。こんな格好で良かったかなぁ...

「大丈夫。、十分可愛いよ。」
「へ?ま、また...もう、周助、勘、良すぎ...」
「フフフ。そりゃね。の考えてることなら何でも分かるから。」
「もう、周助ったら...」

「お二人さん、仲いいんだねぇ。」

カウンターの中から、わたしたちの様子を作業をしながら見ていたマスターさんが声を掛けて来られた。口ひげがあって、あまり背は高くないけど、ちょっと渋めでダンディなステキな方。声も低めで素敵で、わたしはちょっと照れながら、マスターさんの方へと見やった。

「君がさんかー。君のことは、周助くんや由美ちゃんからよく聞いてるよ。」
「え?由美ちゃんって...お姉さんも、ですか?」
「君のこと、とっても気に入ってるみたいだね。妹みたい、って、よく話してくれるよ。」
「姉さんたら。僕の彼女なのにな。」
「あはは。周助...」
「だって僕が君をマスターに紹介しようと思って、今日連れてきたんだ。」
「確かに。周助くんたちが自慢するはずだ。ステキなお嬢さんだね。」
「もちろん。僕が選んだ人ですから。」
「そうだね。周助くんの目は間違いないね。」
「やだ...周助も。マスターさんまで...」

と、三人で笑い合った後、おもむろに周助が話しだした。

「マスター、実は、お願いがあってきたんだけど。」
「ん?なんだい?」
「”ムーンライト・セレナーデ”弾いて欲しいんだ。」

わたしは、え?っと一瞬思った。だって、”弾く”っていうことは、マスターさん、ピアノが弾けるってことで...

「あぁ、いいけど。珍しいね。どうしたんだい?」
「彼女があの曲、とっても気に入ってて、僕のレコードで何度も聞くんだ。彼女、ピアノも弾くし、それに、前にマスターが弾いてくれたことがあったでしょ?僕、あの時感激しちゃって、涙が出てきたんだ。是非彼女にも聴かせたいって思って...」
「なるほど。そういうことなら、喜んで弾いてあげよう。」

さあて、久しぶりだから、どうかなぁ、とマスターさんは言いながら、エプロンで手を拭いて、腕まくりをしながらカウンターから出て来られた。


まずまずの広さの店内の隅に、グランドピアノが置いてある。なるほど、ここで、ライブとかされるのかな、と思ってしまうような、ステージ、というほどではないけれど、他の楽器が置けるようなスペースがあって、ライトも当たるようになってて、わたしは思わず、その情景を想像してしまった。

マスターさんは、ピアノの蓋を開けて、前の椅子に座り、ポロロン、と音を奏でた。


さんは小さい頃からピアノをやってるの?」
「あ、はい。えっと、5歳くらいの時からやってます。」
「ほぉ。そうなんだね。じゃあ、ピアノは好きなのかな?」
「はい。えっと、上手には弾けませんけど、弾くのは好きです。」
「そうか。そりゃ良かった。」

そう話しながらも、ポロロン、ポロロン、と、ピアノを軽く弾きながら話されるマスターさん。わたしは自分じゃそんなこと出来ないから、スゴイっ、と思ってしまった。

、マスターのピアノ聴いたら、もっとピアノが好きになるよ。」
「え?ほんと?わぁ、楽しみ。」
「ハハハ。ありがとう。じゃ、ムーンライト・セレナーデ、だね。スウィングジャズの定番、かなり古い曲だ。いろんな楽器で編曲されてるけど、これは僕のオリジナルでね、僕も好きでよく弾いたものだよ。」


始めにカデンツから入る。そう、これこれ。へぇ、ピアノで弾くとこんな感じになるんだ。いつもバンド編成のしか聞いたことなかったし、それも原曲ばかりで。もちろん原曲が一番好きだけど、マスターさんのピアノは、心に響くというか、この薄暗い店内の中でも、キラキラ輝いた音で、しかも落ち着きのある、マスターさんのお人柄が現れるような温かくまろやかな音だった。そして、自分がリクエストしておいて変だけど、このお店にこの曲はピッタリだと思った。そう。ここはいわゆる”ジャズ・バー”。でも昼間は一応”ジャズ喫茶”として営業されているお店だった。なので、店内は少し薄暗く、常にジャズがかかってるけれど、でもとっても落ち着いて過ごせる場所だ。そしてマスターさんのジャズピアノ。わたしは心地よい響きに心満たされていた。
にしても、テクニックがすごい。決して、若い、というよりは、年齢を重ねた奥深い演奏、とでも言ったほうがしっくりくる感じではあるのだけれど、それにしても...わたしは曲想も然ることながら、マスターさんの指の動きに釘づけになっていて、演奏が終わったことに気づかないほど見入っていた。

すると、隣から拍手が。

?大丈夫?」
「う、うん。いや...あまりにも凄い演奏で、ちょっとびっくりしちゃって...」
「マスターはね、若い頃、TVのバックとかでも弾いてたことのある人なんだ。」
「へぇ...そうなんだ。なるほど。だから、こんなに凄い演奏ができるのね。」
「あはは。いやいや大したことはないよ。やってたって言っても、ほんの数年くらいしかしてないしね。」
「でも...いや、ホント、すごいです。とってもステキな演奏でした。ありがとうございます。」
「ねぇ、も何か、弾いてみない?」
「え?やだやだ、そんな...マスターさんの後には弾けないよ〜。」
「大丈夫だよ。僕、のピアノ、好きだし。」
「そ、そんな...だって、ちゃんと練習とかしてないし...」
「今、何弾いてるの?」
「い、今は、えっと...ベートーヴェンだけど、こんなところで弾くような曲でもないし...」
「この前の発表会で弾いたのは?」
「あぁ、ドビュッシー?」
「うん、それ。僕、ドビュッシー好きだな。」
「でも...弾けるかなぁ...」
「わたしも久しぶりに、ドビュッシー、聴いてみたいなぁ。指慣らしと思って、どうだい?」


マスターさんにまでそう言われては、引っ込むわけにも行かず、わたしは促されるままにピアノの椅子に座った。
そして、ちょっとゆっくりめだったけれど、ドビュッシーのアラベスクの2番を弾いた。

周助とマスターさんが拍手をしながら、
「へぇ、凄いじゃない。突然にしては、すごくいい演奏だったよ。」
「うん。ちゃんは、なかなかイイセンスを持ってるね。指運びと音質がいい。」
「そ、そうですか?なんか、ひどい演奏ですみません。ありがとうございました。」
「また、周助くんと一緒にでも、お店にちょくちょくおいでよ。」
「え?いいんですか〜?」
「あぁ、いいよ。良かったら、うちのピアノ、練習がわりに使ってもらってもいいしね。」
「ぅわぁ...ありがとうございます。グランドで練習なんて、憧れです。」
「良かったネ、。」
「うん...でも...一人じゃ...」
「いいよ。僕も付き合うから。」
「ホント?ごめんね。」
「うううん。そうだな。僕も習おうかな。」
「え?周助が?」
「うん。と連弾とかしてみたいし。」
「周助と?...素敵ね。」
「うん。でも、僕も相当練習しなくちゃいけないかな。」
「フフ、そうね。じゃあその時は、うちのピアノでもどう?」
「じゃ、遠慮なく寄らせてもらおうかな。」
「ウフ。わぁい、楽しみだな。」
「じゃあ、曲はわたしが探してきてあげよう。」
「ぅわぁ、マスターさん、いいんですか?」
「あぁ、いいとも。僕も、若い子達が頑張ってるのは、応援したいからね。」
「ありがとうございます。」


そして、わたしがウキウキしていたら、それを見て周助が、
も、せっかくここに来るんだったら、ジャズとかも教えてもらったら?」
「え?いいのかなぁ...っていうか、ジャズって難しそうだし...」
「今から少しずつなら、十分弾けるようになるんじゃない?」
「うーん、でも...」
ちゃんさえ良かったら、教えてあげるよ?」
「え?ホントですかー?」
「あぁ。僕も楽しみが増えて嬉しいしね。あれだったら、そっちの楽譜も見ておいてあげよう。」
「ぅわぁ、どうしよう...なんか嬉しすぎるかも...」
「良かったネ、。僕も楽しみだな。」
「うん。周助、連れてきてくれてありがとう。」
「うううん、喜んでもらえて、僕も嬉しいよ。」

そして、また近いうちに連絡を取り合う約束をして、いろいろお礼を言ってそのお店から二人で出た。

「周助、本当にありがとう。なんかすごく、いろいろやる気が出てきちゃった。」
「フフフ。僕も楽しみだよ。これでまた、いつもと一緒にいられるしね。」
「周助...」

周助を見上げたら目があったので、ちょっぴり照れくさかったけど、周助がスッとわたしの手を握ってくれたので、気持ちが落ち着いた。

とっても幸せを感じられた午後のひとときだった。





fin

by ゆかり 2012/06/14







《つぶやきという名のあとがき》

す、すみません...(ノ_<。) 何か、やたらと長くて、
何が書きたかったのか、さっぱり分からないお話で。。。ごめんなさいです(>_<)
昔、よく通ってたお店と、最近行ってるお店をミックスした感じで書いてみました。
懐かしい感じもあるし、いろいろ思い出しながら、だったので、
もう、これは、完全に自己満足です。ホント、すみません<(_ _)>

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
陳謝。