「今日、楽しみにしてるから」





こっそりと耳打ちされたわたしは、呆然としながら、
いつものようにふわりと微笑む声の主の方を、
ただ、見るしかできなかった。










***Special Day!







明日から3月。


3月って、「弥生」だったっけ。


そういえば、小学校の時、同じクラスに
「弥生ちゃん」って、居たなぁ...



などと、思ったところで、今日は朝から気持ちが落ち着かない。




ひょっとしたら、とんでもない一日になるかもしれない、とは訝っていた。


まぁ、当の本人は、忘れてるかも、と、思いつつ...






しかし、それにしても...


はぁ...とうとうこの日が来てしまった。
何事も起こりませんように、と、ただひたすら願いながら、
わたしは、首元のマフラーを握りしめ、学校へと向かって歩いた。




どことなく、周りの女の子たちが、そわそわしてるように見えるのは、わたしだけだろうか...


というか、認めたくないけど、わたしもその一人なのかもしれない。



っ!」

靴箱で上履きに履き替え、上がった階段を曲がった廊下のところで、ちょっと小声気味に呼びかけられて、後ろから肩をポンポン、と叩かれたので、振り向くと親友のだった。


。今日、渡すんでしょ?」
「え?渡すって、何を?誰に?」
「へ?何って。プレゼントに決まってるじゃない!冗談で言ってるの?今日は、不二の、4年に一度の本当の誕生日じゃない。」
「あぁ、うん、そうだけど。」
「もう、このチャンスを逃しちゃマズイっしょ?他の子たちも必死だよ?」



やっぱり。思った通りだった。気のせいなんかじゃなく、この異様な雰囲気には誰もが気付いているみたい。


そう。今日は、2月29日。

同じクラスの、不二 周助くんの誕生日だ。

彼は、青学を誇るテニス部の中でも、天才といわれるほどの人物。
その上に、柔らかな身のこなし、センス良い立居振舞とくれば、女の子たちが放っておくはずがない。


いくつもファンクラブがあるって聞いたことあるし、わたしは、とてもとても、その中には入っていけないと思ったので、あくまでも傍観者に徹しているつもりだ。

しかし、応援してくれるのは嬉しいが、いつもよりも口数の多すぎる親友にもちょっと疲れてくる。

「諦めちゃだめだよ〜。印象付けるだけでも大事なんだから!」

不二くんに、わたしが想いを寄せているのを知っている親友は、今日はことの他しつこい。


「分かった分かった。ちょっと声掛けて、お祝いの言葉くらいは伝えるから。」
「はぁ...もう、またったら、そんなんじゃ、、、、、」
「あ〜、ほらほら、チャイム鳴っちゃうよ。クラス遠いんだから、早めに動かなきゃ!」


ちょ、ちょっと、〜、と、まだ何か言いたげなみよりの背中を押しながら、さっさと退散させる。

やれやれ、やっと一息つける、と思い、自分の教室に入って、カバンを置き、さぁ座ろう、と思ったところに、ふわっと茶色の髪が横切ったかと思ったら、それは、スッとそばに寄ってきて、


さん、今日、楽しみにしてるから」


耳元で、わたしにしか聞こえない大きさで囁かれ、急な出来事に呆然としつつも、

「え?ちょっと...何を?」

と言葉にしても、その耳打ちした本人、不二くんは、いつもの微笑みを一瞬こちらに向けて、そのまま自分の席に着いてしまった。



え..."楽しみに"って...

はぁ。やっぱり覚えてたんだ...





あれは、4ヶ月くらい前。

学園祭が終わったころのこと。


わたしは、学園祭で合唱部の伴奏を依頼されて、何曲か演奏をした。

たまたまその日、指揮をした結構仲のいい友人が誕生日で、学園祭が終わった後の音楽室で、みんなで"♪ハッピーバースディ"の歌を歌った時、わたしが気軽な感じで伴奏を弾いてあげた。

それを、誰かから聞いたのか、それとも見ていたのか。
帰りに教室に戻った時、ちょうど当番だったとかで、不二くんに出会った、その時、

さんさっき、音楽室で、誕生日の曲、弾いてたんだって?」
「あぁ...うん。ちょっとだけね。」
「いいな〜。僕も聞いてみたかったな。」
「ふふっ。じゃあ、今度、不二くんのお誕生日の時、弾いてあげよっか?」
「え?ホントに?いいの?」
「うん、いいよ。わたしので良ければ、弾いてあげる。」
「約束だよ」
「ふふっ。よしっ!練習しなきゃ、ね」


なんて会話を交わした。

その時は、わたしは、単なる社交辞令程度にしか受け取ってなくて、でも、"約束"だなんて言われたら、何となく放っておけなくて、一応練習していた。
それも...ちょっと遊び感覚で、アレンジの好きな私は、ちょっとバリエーション風に自分で変えて作ってみたりしていた。
まぁ、わたしにとっては、一応何となく"不二くんバージョン"みたいなノリだったんだけど。


やっぱり、本気で言ってたみたい...かな。

何となく、逃げられないような、雰囲気、だし。

でも、本当に、そのことを言ってたのかなぁ...

ひょっとしたら、全然違う事だったりして...ん〜、でも、他には思い付かないし...

はぁ...ま、いっか。なるようになる、ってことで。


なんて、授業中、あれこれ考えながら、わたしはわたしで、結構暢気に構えていた。




昼休み。


さすがに、たくさんの女の子が、教室に来たり、呼び出したりして、不二くんとコンタクトを取ろうと、動きまわっていた。
しかし、様子を見ていると、どうも、不二くんは受け取ってない感じ?に見えた。
何でだろう、せっかくみんな、いろいろ考えて持って来てくれてるだろうに。その気持ちくらい、受け取ってあげてもいいんじゃないかしら、と思いつつ、不二くんたちを眺めていた。


何となく、ぼ〜っ、とそんな様子を見てるのも飽きてきて、図書館にでも行ってこようかな、と思い、立ち上がって廊下に出たら、後ろから声をかけられた。

さん」
「あ、不二くん?」
「今日、放課後って、忙しい?」

お互い、もう昨年の秋で部活は引退してるし、わたしも特に役員とかしてなかったのでいつも普通に帰ってるだけだし、と思ったけど、何となく、弾かされるんじゃないかと思って、それに、弾くにしても、じゃあどこで弾けばいいのか分からなかったし、おまけに、後ろからは、女の子たちの視線も痛いほど感じるしで、これは、遠まわしに断ろうかと考えて、口にしようとしたら、

「ねぇ、あの時の約束、覚えてる?」

と言われ、あぁ、これは、やっぱり逃げられないや、と思ったので、観念して、

「うん、覚えてたよ。一応、練習してきた。」

と、素直に答えた。すると、

「じゃあ、一緒に帰ろう」
「え?不二くんと?わ、わたし?」
「そう。嫌?」
「え?い、嫌じゃないけど...」
「あの、さんの家の近くの公民館、予約してきたんだ。あそこでどうかな。」
「え?あぁ、あの公民館?」

そこは、時々わたしが、ピアノを借りて練習してたところだった。自分の家のピアノは"アップライト"で、その公民館は、昨年建て替えた時に"グランドピアノ"を入れてて、そこの館長さんに、ピアノを慣らすために時々弾いてもイイよ、と言われ、嬉しくてお言葉に甘えてよく弾きに行ってたのだ。どうして不二くんがそこを指定してきたのか、よく分らなかったけど、とりあえず、場所を提供してくれるということなら、それでもいいかも、と思い、

「うん、分かった。じゃあ、披露してあげるわよっ」
「ふふっ。ありがとう。楽しみだな。」

じゃあ、帰りに、またね、と、お互いに片手をあげて、挨拶を交わした。わたしとしては、ま、もう、その場限りだし、と割り切ってて、好きな人の前で一回でも弾ければ、それで満足だ、と、自分に言い聞かせ、納得したつもりでいた。

ちょっと、周りの視線が、気にはなったけど。

でも、クラスメイトとして、って感じだし、不二くんもきっとその程度だろう、って思ってたから、あまり気にしないようにしていた。






放課後。

わたしと不二くんは、並んで歩いていた。
何となく、変な感じ。何が、どう、と問われても、どう答えていいか分からない。いつもの発表会の前とも違うような、この前の文化祭の演奏前とも違うような、、、などと考えを巡らせていたら、不二くんが口を開いた。

さん、ひょっとして、緊張してる?」

え?わたしって、緊張してるのだろうか。そうなんだろうか。

「んー。分かんないの。さっきから自分でも、よく分からなくって...」

全く緊張してないかと言われると、それは違うような気もする。好きな人の前で、今から演奏する。それはやっぱり、ちょっといつもと違った緊張感を抱かせる。んーでも、なんか違う。そしてふと、隣なんだけど少し前を歩く不二くんを見る。いつものようにニコニコしている。この彼の醸し出す雰囲気のせいだろうか。自分自身、頭はとても冴えてるんだけれども、ミョーに落ち着いている感がある。

そうこう考えているうちに、目的地の公民館へ着いてしまった。不二くんに、どうぞ、とエスコートされ、入り口でいつものようにスリッパに履き替える。そういえばここ一週間、来てなかったかな。ちょっと久しぶりな感覚な上に、今日は不二くんがいる。何だか少しだけ新鮮さをおぼえた。

入って、少し右へ曲がってつきあたり。ここの中で一番の大広間。そこにいつものグランドピアノがあった。今日は特に行事が無いらしく、椅子も周囲にきちんと重ねて片付けてあって、がらんとしている。不二くんは、テキパキと荷物を近くの机の上に置き、椅子を持って来てピアノの近くへ置いた。そして、はい、っと手をわたしの方へ出して、荷物を渡すようにと顔をニッコリさせた。わたしはされるがままに荷物を不二くんへ渡した。

「さて。聴かせて頂こうかな。」

不二くんは言って、自分で持ってきた椅子へ腰掛けた。わたしは、そのまま、いつものようにピアノの椅子へ座った。

と、そこまでは緊張してなかったのに、土壇場になって、急に顔が熱くなって手も少し汗ばんできた。どうしよう。そういえば、こんなに近くで聴かれるのって初めてかも。

「ごめん。ちょっと手、洗ってくる。」

わたしは、そう言って、部屋を出て手を洗いに行った。ちょっと一呼吸ほしかった。手を水で冷やして、顔をパンパンと叩いて気合いを入れる。考えてみたら、そんなに大勝負に挑んでるわけではないのに、、、そうよ、大丈夫大丈夫。そう思うと少し気が楽になった。そして、部屋に戻って、またピアノの椅子に腰掛けた。

「いつものように弾いてよ。僕なんていないって思ってもいいから。ここが自分の家だと思って弾いて。」

そう言ってくれる不二くんのおかげで、また少し落ち着いてきた気がしたから、「うん。ありがとう」と言って、わたしは気持ちをピアノへ向けた。

まず、軽く、ハッピーバースディのメロディを弾いた。それから、ちょっとアレンジを入れて、ピアノを奏でる。さらに、確か前に不二くんが好きだって言ってた、ジャズ風に変えたバージョンで弾いていく。不二くんは静かに聴いてくれていた。

弾き終わると、不二くんは拍手をたくさんしてくれた。

「すごいなぁ。今のって、さん、自分で考えたんでしょ。びっくりしちゃったよ。僕の好きなジャズ風なのも入れてあって。凄く嬉しいよ。ありがとう。」
「フフフ。いえいえ。喜んでもらえて良かった。」
「ねぇ、アンコール、っていうか、リクエストしてもいい?」

そう言って、不二くんは、2、3曲、こういうの弾ける?って聞いてきた。弾いたことのあるものだったので、うん、ちょっとなら、と言って、リクエストに答えてあげた。

それから、学校で習った曲を一緒に歌ったりもした。他にも、結構不二くんは曲をたくさん知ってて、さわりだけならメロディを弾けるほどで、わたしのほうが逆に感心したりすることもあった。とっても楽しかった。

何だかんだと笑いながらピアノで遊んでいるうちにもう随分時間がたっていることに気がついて、そろそろ帰ろうか、ということになり、不二くんはトイレに行ってくる、と言って部屋から出ていったので、その間にわたしは不二くんが座っていた椅子を片付けたりしていた。

すると、戻ってきた不二くんが、

「はい、これ。君に。」

と、花束を持って立っていた。大きくはないけれど、かすみ草にピンクのバラが入っていて、可愛くまとめてあった。

「え?これ、わたしに?」
「うん。そうだよ。さんに渡そうと思って、用意してたんだ。」
「そんな...だって、今日は、不二くんの誕生日じゃない。本当ならわたしから...」
「うううん。いいんだ。これは、僕からの気持ち。今日、弾いてくれたお礼だよ。受け取ってくれないかな。」
「で、でも...」
「ていうか、お願いがあるんだけど。」
「え?」
「これからも、ピアノ、また聴かせてほしいんだ。」
「えっと...」
「僕のために。誕生日だけじゃなくて、これからも、ずっと」
「不二くん?」
「僕、さんのこと、好きなんだ。」

目が合った。いつもの不二くんと少し違う感じ。わたしをまっすぐに見つめる瞳は、どこまでも澄んでいて、とても綺麗だと思った。男の子に綺麗って変だろうか。
いや。そうじゃなくて...わたし、、、今、、、、、、、、告白されたよね......?!
あまりにも突然のことに戸惑ってしまい、頭の中は真っ白。何も言葉にならない。

「あ、ごめん。迷惑だったかな。」
「え、うううん、そ、そんなことない...ちょ、ちょっと、びっくりしちゃって...あの、、、えっと、、、、、何て言ったらいいか、、、、、っていうか、すっごく嬉しい。えっと、わたしもとっても不二くんのこと好きで...」
「え?本当に?」
「あ...うん。わたしも。ずっと思ってて...」

すると、不二くんは「良かった。嬉しいな。」と言って、持っていた花束をピアノの上に置いて、わたしのすぐ目の前に立った。

「ごめん。もう一つお願い聞いてほしいんだけど、いいかな。」
「えっと、な、なんでしょう。」
「ちょっとだけ、君を、ぎゅって抱きしめてもいい?」

あまりにも大胆な不二くんの立て続けの発言に、わたしはパニック状態。脳内は破裂寸前で、えっと、あの、ともぞもぞしているうちにふわっと包み込まれた。

学ランと不二くんの匂い。あったかくて、優しい抱擁に、頭がクラックラしそうだ。

さんがよくここのピアノで練習してたの、知ってたんだ。」
不二くんの声が、耳のすぐそばで聞こえてくる。
「ピアノの音がして、よく聴いたら誕生日の曲で、ひょっとしたらと思ってちょっと覗いたら君だったんだ。すごく嬉しかった。あの時、何となく話の流れで約束してしまって。もし忘れられてても仕方ないと思ってたし、もうちょっときちんとお願いしないと、本当の気持ちは通じないかと思ってたから。」

そう言いながら、不二くんはちょっと緊張しているのか、震えているような感じが伝わってくる。それを誤魔化すかのように、わたしを抱きしめる腕に少し力が入った。

「でも、良かった。本当に弾いてくれてありがとう。」
ふっとわたしは解放され、不二くんはわたしの手を両手で包みながら、わたしを見てニッコリ微笑んだ。そして、ピアノの上に置いていた花束を持って来て、「これからよろしくね」と言いながら渡してくれたので、「はい。こちらこそ」とわたしもニコッとしながら花束を受け取った。



今日は、わたしにとって、たぶん不二くんにとっても、忘れられない、特別な、記念日、になった。






fin



by ゆかり 2012/01/03 企画さまにて公開
2012/04/06 自サイトにて掲載




《つぶやきという名のあとがき》

企画初参加作品にして、初公開作品です。
不二くんバースディ企画の参加作品です。

こちらに載せて頂いて、企画サイト様から来られる方の反応が
思いのほか良くて、大変嬉しく思いました。

何を取っても、一番記念に残る作品です。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
陳謝。