「はい。柔軟始め―。その後、腹筋50回っ!」
「「「「「はいっ。」」」」」
氷帝学園、放課後の音楽室。吹奏楽部員の声がこだまする。
*** notice
ここ、氷帝学園の吹奏楽部は、全国大会へ行くほどではないけれど、地区大会ではまずまずの成績をここ何年かは常にキープしている。
わたし、の楽器は"オーボエ"だ。もちろん、マイ楽器ではない。他の楽器の子だと自分の楽器を持ってる子も何人かいるけれど、さすがに何十万円もするオーボエはとてもじゃないけど買ってもらうわけにもいかないので、学校のを使わせてもらってる。
というか、そもそも、オーボエなんて、ちょっと珍しい楽器で、うちの学校の規模だと二人はいるけれど、コンマス(コンサートマスター)の位置にいるほどなので、ちょっと別格に見られることも多く、簡単にはなれない。でも、親が音楽の先生をしているという、今年入った一年生の男の子は、生意気にもマイ楽器。ま、それは環境が環境なだけに、さすがかな、と思うしかないけど。
わたしがなぜ"オーボエ"になったか。一年生の時はクラリネットでしかも3rd。さほど目立ってはいなかったけど、地味に頑張ってたおかげか、その年のコンクールにも出させてもらえた。その功績をかってもらえたのと、後は、地味に真面目だったのが良かったようで、この性格(?)だし先輩受けは良かったので、先輩方に押されてオーボエに抜擢されたのだった。でも、特に同級生からも変な目で見られることもなく、みんな温かく応援してくれてるので、それなりに頑張ることが出来ている。有難いなって思う。にしても、難しい楽器だけど。
クラリネットと違って、"二枚リード"だし、後、"ファゴット"という楽器も同類で、オーボエよりはちょっと大きい。ファゴットも今のところ二人いる。時々、二枚リードの講習とかもあって、自分でリードを作ったりすることもある。他校の人たちと情報交換するのも結構楽しい。
そんなこんなで、今三年生として部長を任されたりしてるので、いろいろと大変だけど。
わたし自身は、特にピアノとか弾けるわけでもなく、ただ曲だけは音楽好きの両親のお陰でいろいろ聴いてるので、結構な数知っていると自分でも思ってる。クラシックだけじゃなくジャズもイージーリスニングとかも。そのせいか何かはわからないけど、最近会長によく呼び出される。会長とは、この学園内できっと知らない人はいない、泣く子も黙る(?)生徒会長、跡部景吾、くんだ。
跡部くんは、カリスマ的テニス部部長でもあり、テニス部はいつも地区大会でも関東大会でも凄い成績を残してるし、しかも部員200人なんて数を纏めてる跡部くんは、本当に尊敬してしまう。それに、成績だっていつもトップ。さすがだなぁと感心せざるを得ない。
そんな全く非の打ちどころのない跡部くんが、どうして一吹奏楽部員、ま、一応部長という名ではあるけれど、しかも、部自体も普通、わたし自身も普通だし、とりわけ目立った人間でもないわたしに声をかけてきたのか。察するに、音楽室を使わせてもらってる以上、顧問ではなくても音楽の先生である、榊先生とは接触があるわけで、しかも、榊先生はテニス部顧問。その辺から話が行ったのかなぁ、と思うしかないわたし。だって、本当に、他には何の接点もないんだもの。この三年間、一度も同じクラスになったこともないし、跡部くんが他にわたしに声をかけてくる理由なんて全く思い付かない。
始めのきっかけは、たまたまわたしが友人に貸していたCDをその友人から受け取るところに跡部くんが遭遇したこと。
「。これ、ありがとう。すっごく良かった。ダビングさせてもらったからね。寝る前とかにリラックスしながら聴いてるよ。」
「フフフ。良かった。これ、ホント、おススメだから。また、うちに遊びに来た時でも、他の見てっていいよ。」
「うん。また何か借りようかな。」
「そりゃ、何のCDだ。」
強引に会話を遮られ、誰?と思って見上げると、隣のクラスの跡部生徒会長がわたしたちの方を見下ろしていた。
意外な人物に一瞬戸惑ってたので、わたしは口でもポカンと開けてたのだろう。
「だから、何のCDだと聞いてる。」
ちょっとイラっとした風に聞こえたので、わたしは慌てて「パーシーフェイスオーケストラの曲集だよ。」と答えた。
「パーシー・・・?何だそりゃ?」
「あぁ、結構古い団体だから、跡部くんでも分からなかったのかな。でも、曲は結構有名なのが入ってるよ。聴いてみる?」
どう反応するか、全く予想が付かなかったけど、まんざらでもなさそうに見えたので、ちょっと興味もあって聞いてみたら、
「ふうん。そうだな。聴いてみてやるか。」
貸してみろ、と何だかとってもえらそうに手を差し出されて、一瞬躊躇ったけど、ま、跡部くんだもの、悪いようにはしないだろうと思い、そのまま彼の手に渡した。
それから、何日かして、跡部くんがCDを返しに来た。
「どうだった?良かった?」
「ま、俺様にしては、ちょっと大人し目だったが、まずまずなんじゃないか?」
「そう、良かった。ちなみに、どの曲が良かった?」
「そうだな―。一曲目の"A Summer Place"かな。あれは確か、昔の映画のテーマソングだったな。」
「あぁそうそう。跡部くん、よく知ってるね。"避暑地の出来事"って映画だったかな。わたしもあの曲すっごくお気に入りなの。」
「なぁ、他にはどんなのが好きなんだ?」
「え?わたし?そうだなぁ。好きなのいっぱいあって、分かんないや。」
アハハとわたしが笑うと、跡部くんは、なんだよそれ、と言いながら、
「お前、"ワーグナー"聴かねぇか?」
と言ってきたので、ふうん、跡部くんはワーグナー好きなのかなぁ、と思いながら、
「"ワーグナー"いいよね。カッコいいって思う。スケールが大きいっていうか。"ローエングリンのマイスタージンガー"とか、"タンホイザー序曲"とか、結構好きだよ。」
「ほぉ。お前、本当にいろいろ知ってんだな。よし。今度、俺様に付き合え。」
「え?付き合え、って...」
「来週の金曜の夕方、空けておけ。コンサートに行くぞ。」
「え、いや、ちょっと待ってよ。」
「何だ。嫌なのか?」
「いや、っていうか、急に決められても困るし。まだ、予定が分からないもん。」
「用は入れるな。空けておけ。いいな。」
そう言って、跡部くんは、わたしのCDをわたしの手に押しつけて、すたすたと行ってしまった。
なんだ。噂通りの結構強引な奴。こっちの都合とか、思いっきり無視なのね。でも、どうしよう。一応そりゃ暇人だし、空いてはいるけれど、あの跡部くんと行くのなら、少しはちゃんとした格好をしなきゃいけないんじゃないだろうか。
それからその金曜日までは、ちょっと憂鬱な一週間だった。とりあえず、恥ずかしくないような格好で、と思い、今持ってる服の中でもきちんとしたのを着て行こう、と準備をしたり、はぁ、何がどうなってわたしがあの跡部くんとコンサートに行かなきゃならないんだか、と思ったり。それはそれは訳の分からないことで頭を抱えて過ごしてしまった。
いよいよ当日。言われた時間よりもかなり早めに支度をして、迎えに来るというので待っていたら、ゴゴゴゴ...というエンジン音がしてきたかと思ったら、うちの前で止まって、ひょっとして、と思い家の前へ出かけたらチャイムの音がして、跡部くんが現れた。制服姿もカッコいいけど、私服の、しかもあまり気取らない感じのスーツを着てきてて、一瞬わたしは言葉にならなかった。それだけ見惚れてしまっていた。
「何ボ―っとしてんだ。行くぞ。」
わたしは慌てて、母親に、行ってきます、と言い、わたしも跡部くんの後を追って家を出た。そして、これまた思わず後ずさってしまうような超高級車を目の前にして、跡部くんがエスコートしてドアを開けてくれたので、思わず「お邪魔します」と言いながら車に乗った。すると、後ろから入ってきた跡部くんにクククッと笑われて、「んな、畏まってんじゃねぇよ。」と言われながら、頭をクシャッと撫でられてしまった。
もう、わたしは、何が何だか分からない。目の前で繰り広げられてることがまるでドラマか映画か何かのような気がして、現実とは思えない感じがした。
コンサートは最高、というか、とにかく凄かった。
まず、席がさすが跡部くん、と思ってしまうほど完璧な特等席。ど真ん中よりも少し後ろ寄りの真ん中辺り、所謂、コンクールでいうところの審査員席。ピアノだともう少し後ろがおススメだって言われたことがあるけれど、吹奏楽やオーケストラならここがベストだ。曲目も良かった。初めは軽めのモーツァルトで始まり、現代音楽っぽいのもあったりしたけど、メインはワーグナー。生のワーグナーはもちろん初めてで身震いがした。音も響きも最高。跡部くんに感謝、感謝だった。
コンサートも滞りなく終わり、帰りもまた送ってもらった。演奏も最高だったし、これまた夢ごごちで車を降りながら半ばボーっとしていたら、後ろから声をかけられた。
「ん。お前欲しそうだったから、やるよ。」
と渡されたのは、そのコンサートのパンフレットとCD。わたしはびっくりして、
「いや、駄目だよ。それでなくても今日は、他にチケット代とかも何も払ってないのに...」
「あぁ、チケットのことは気にしなくていい。あれは招待席だったんだから大丈夫だ。それとこのパンフとCDは、この前の礼だ。受け取っとけ。」
半ばまたかなり強引に渡されてしまい、じゃな、また、と跡部くんは片手をあげながらまた車に乗り込み、車は発進してしまった。わたしは、パンフとCDを持って突っ立ったまま、まだ余韻が残っているのか動けなかった。
それから、程なくして、学園祭があったりしたので、わたしも忙しく、跡部くんも相当大変そうだったので、会ったり話したりする機会はほとんどなかった。時々CDの貸し借りはしていた、とは言っても二週間に一度程度。たまに廊下とかですれ違ったりすると、「よぉ」と声をかけてくれたりしていた。案外思っていたよりも気さくなヤツなんだなぁ、と思いながら、わたしも顔を綻ばせていた。
そんなこんなで学園祭、そして、三年生最後の演奏行事となった、我が吹奏楽部の定期演奏会も無事終了。これでわたし達三年生は部活動を引退し、役員も次の二年生へと引き継ぎをした。ちょっぴり寂しかったけれど、十分やり遂げたという達成感もあったし、下級生の子たちも真面目で熱心な子ばかりだったので、安心して終えることが出来た。一応、進級試験はあるけれど、高等部へはそのまま上がるつもりだから、また遊びに来ようと思えば来れるし、と思えば、さほどの思いは感じていなかった。
そんな一息ついていたある日の昼休み、天気も良かったので、一人でボーっとしに屋上へ来ていたら、後ろから声を掛けられた。
「よぉ。暇そうじゃねぇの。」
「あ、跡部くん。お疲れ様。なんか、久しぶりだね。」
「だな。お前も引退して、ようやくひと段落、ってところか。」
「フフ。まあね。跡部くんも生徒会とか、引き継ぎ、済んだ?」
「あぁ。まだ全部、ってわけには、なかなかいかねぇがな。」
話すのは本当に久しぶりだった。あのコンサート以来かも。ていうか、ひょっとしたら、こうやって二人きりで話すのなんて、初めてかも、と思っていた。なんて考えてしまうと、ちょっと緊張してきてしまう自分がどこからか顔を出し始めていた。
「なぁ、お前、高等部に行くんだろ?」
「うん。今のところそのつもりだけど?」
「高等部へ行っても、吹奏楽、続けんのか?」
「そうね。知ってる先輩とかもたくさんいるし、たぶんまた入ると思うよ。」
「そっか。」
跡部くんの、話の内容の意図はよく分からなかったけど、何となく二人で話せることが嬉しくて、わたしも話を切り返してみた。
「跡部くんも、高等部、行くの?」
「んー、まぁ、一応な。」
「やっぱり、高等部でも、テニス、続けるんだよね?」
「あぁ、テニスは続ける。だが、ひょっとしたら、ここにはいねぇかもしんねぇな。」
「え?それって、どういうこと???」
「海外へ行ってみたいんだ。」
ちょっと衝撃的だった。までも、跡部くんほどの実力があれば、そういうこともアリなのかもしれない。そう思うと、ちょっと寂しい気もしたけれど、素直に応援したいと思う自分がいた。
「へぇ。凄いじゃない。跡部くんならやっていけると思う。頑張ってよ。応援してるね。」
「フッ。ありがとよ。までも、まだ、決定じゃねぇけどな。」
なんか、いいなぁ、と思った。話してくれたことも嬉しかったけれど、そういう自信のもてるものを持っている跡部くんが羨ましいと感じていた。
「お前はどうすんだ?」
「え?何を?」
「その、オーボエ、続けんのか?」
「あぁ。そうねぇ。どうだろ。わたしは、跡部くんみたいに、自信もって出来るほどじゃなかったし、将来とか、全然見えてこないしね。半分、趣味みたいなものだったし。」
えへへ、と誤魔化すように笑ったら、
「勿体ねぇよ。」
あまりの意外な一言に、わたしは一瞬言葉が出なかった。
「お前、演奏はそこそこだけど、音はいいもんな。」
「え?わたしの演奏、聞いたことあるの?」
「ハン。どうして俺様が、お前らのような三流の演奏を、毎年聴きに行ってやったと思ってる。」
「えっと......ごめん。よく言ってる意味が...」
「一年の時は、クラリネットだったお前が、二年になってオーボエになった。」
「うん。そう。よく知ってるね。」
「その二年の時の、吹奏楽部の定期演奏会、ロッシーニのセビリアの理髪師序曲で、お前はソロを吹いた。」
「あはは。恥ずかしいなぁ。あれは酷かったよね...」
「そして三年の定演、小山清茂の管弦楽のための木挽唄で、やはりソロを吹いた。」
「うん。この前だけど、よくタイトルまで覚えてくれてるのね。嬉しいけどやっぱり恥ずかしいかな。」
「お前の音色に惹かれたんだよ。優しくまろやかないい音だ。勿体ねぇよ。」
「え?そ、そうかなぁ...」
「俺が買ってやる。お前、オーボエ、続けろよ。」
「え?え?...え゛――――――――――?」
ちょ、ちょっと、いや、何?この展開...えっと、買ってやる、って...え、え―――――――?
目がまさにテンになっているわたしを見て、跡部は可笑しそうに、ククッと肩で笑いながら、
「俺がお前、あぁ、お前、じゃいけねぇな。えっと、 だったな。お前の、のオーボエの音が聴きてぇんだ。」
「いや、ちょ、ちょっと待ってよ。あのね、楽器って...」
「オーボエが高いのは分かってる。お前、続けたいんだろ?何なら、指導者もつけてやってもいいぜ?」
「え?いや、ちょっ、な、なんで???」
「フッ。もういい加減察しろよ。お前のこと、ずっと見てたんだよ。」
ん、今日、俺んち寄ってけ、いろいろCD貸してやる、とか何とか言いながら、跡部くんはわたしの肩に手を乗せて、屋上の出口へと促した。わたしは、といえば、まだ全く正常に働いていない脳内を、一生懸命フル回転させようと躍起になっていたのだけど...ホント、跡部くんって、強引は強引なんだけど...これって、どうなの???
(、お前、早く気付けよ。)
(え?き、気付け、って...)
(ハッ、ま、今から少しずつ、ってことか。お前のオーボエ聴けるんなら、海外もなしにしてもいいしな。)
(え?あ、跡部くん...???)
fin
by ゆかり 2012/03/12
《つぶやきという名のあとがき》
ちょっと、長すぎましたか???>爆
でも、ちょっと久々の跡部様、
楽しく書かせて頂きました〜^^♪
曲名書いてて、すっごく懐かしくなりました〜。
実際、演奏した曲たちなので、ホント、懐かしいです。
演奏するの、楽しいですよね。
また、何かやりたいなぁ。。。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
陳謝。
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