「「「「「おっつかれっしたぁー!」」」」」
いつものように
いつもの帰り道
いつもの猫に出会った
*** いつもの夕暮れに
「ニャー」
おそらく飼い猫であろう彼女は、いつも俺の姿が見えると、いつもの塀の上で毛つくろいをしながら、まずひとこと鳴く。そして、俺が彼女を見つけ通り過ぎようとすると、また「ニャー」と鳴く。まるで、”お疲れー”、”また明日ー”と声を掛けてくれるてるようだ。
ちょっとグレーがかった色のその猫は、毛並みもよく、飼い主に本当に大切にされ可愛がらているんだろうなというのが、見ていても伺える。鈴のついた赤い首輪をしていて、器量の良い美人さんだ。
猫っていうのは、どちらかというと、気位が高くて、いつもツンと気取っている感じがあるけれど、彼女は違った。猫にしては人懐っこい感じ。馴れ馴れしいわけではなく、ちょうど良い距離感で「ニャー」と声を掛けてくれる。いつの間にか俺にとって、癒される存在になっていた。
いつもは、塀の上から自分の体を綺麗にしながら鳴くだけなのだけれど、その時は珍しくいつもの塀から降りてきて、俺の前を進んでいった。そして、すぐの曲がり角を左へと曲がっていった。するとそこで立ち止まり、ニャー、と鳴く。今日は本当に珍しい。猫もこの暑さでおかしくなったんじゃないだろうか。そんなことを考えながら、俺も一緒に立ち止まって彼女を見ていた。すると、また、ニャー、と言って、その曲がった方へと進んでいく。もうおうちへ帰る時間なのか、そう思って、俺も帰ろうと、思わず、じゃな、と彼女へ声を掛けて、自宅の方へと足を向けた。すると、彼女が俺の方へと走ってきて、俺の足に擦り寄ってきた。今まで何度も見てきたけれど、こんなことは初めてだった。はぁ、仕方ない、今日はちょっと早めに部活も終わったし、そう思って、彼女に付き合うことにした。すると、感づいたのか、さっきの曲がり角の方へとまた走っていき、立ち止まって、ニャー、と鳴いた。ま、いつも俺に声を掛けてくれるんだし、滅多にない彼女の気まぐれに付き合ってやるか、そう思いながら、俺はその猫の方へと近づいていった。
細い路地だった。夏の日はもう落ちてしまっていたけれど、まだまだ明るい。この路地もさほど暗くはなかったので、猫を見失うほどではなかったけれど、初めて通る道、いささかの不安がないわけではなかった。どこへ連れて行かれるんだろう。すると、曲がり角から7、8件ほど進んだところで、その猫は道路から家の敷地内へと入っていった。そして、おそらく勝手口であろう戸へと飛びついて、時々ニャーと言いながら爪でカリカリと音を立ててひっかく。すると、ドアが少し開いて、中から飼い主であろう人が顔を覗かせた。その人を見て、俺は思わず後ずさって陰に隠れた。
隣のクラスのさんだった。一瞬、場所が場所なだけに、見間違いかと思ったが、俺が見間違うはずがない。いつもその笑顔に引き寄せられている、その本人だったのだから。「クリム、お帰り。お外は暑かったでしょう。早くお入り」。優しい彼女の声。間違いない、さんだ。彼女がそう言うと、そのクリムと言われた猫はニャーと言って中へと入っていった。すげぇ......こんなことってあるのか。俺はしばらくそのまま呆然としていたが、ハッとなって、もと来た方へとは戻らずに、そのまままっすぐ進んでいった。
路地を抜けると大通りだった。そして、その通りに面して佇む建物を振り返って見上げると......「ペットショップ」......あぁ、彼女のうちはこのお店だったんだ。俺は猫好きだが、犬も嫌いじゃない。なので、このお店は知っていた。時々立ち止まっては、中にいる犬や猫たちを見ることもあった。でも、まさか、ここがさんのお店とは...... 俺は、何となく嬉しい気持ちを抱えながら帰路へとついた。
次の日。朝練を終え、廊下を教室の方へと歩いていたら、前方にさんがいた。俺は何となく彼女の秘密を握ってしまったような気持ちになってしまい、気恥かしさを感じながら彼女の横を通り過ぎた。その時、彼女の視線が自分に向いてることなど知る由もなく。
その日の帰り道、やはりいつもと同じように、同じ塀の上にクリムはいた。そして、いつものように、ニャー、と鳴いた。ただ今までと違ったのは、俺が彼女の名前を覚えたことと、彼女が鳴いてから飛び降りて俺に擦り寄ってきたこと。また昨日と同じように俺をさんの所へ連れて行く気なのだろうか。俺は何となく気が向かなかった。クリムは昨日と同じように、曲がり角を曲がってそこで立ち止まり、ニャー、と俺の方を向いて誘ってくれたが、「わりぃ、俺、ストーカーみたいなこと出来ねぇし。」そう彼女へ言って、そのまままっすぐ自宅の方へと向かった。クリムはそれを分かってくれたのか、何も言わずその場に座ってこっちを見ていた。
次の日も、次の日も、帰り道、クリムは俺を誘ってくれたけど、そういう理由で俺は二度と足を向けなかった。それが何日か続いたある日、クリムは姿さえ見せなくなった。学校でさんを見かけることもあれから何度もあったけど、出来るだけ見ないようにしていた。これでいい、元々こういうことって苦手だしな、もうあの路地を通ることもないだろう、そう思っていた。
そうはいうものの、毎日見かけていたものが全くなくなる、というのも、案外慣れるのに時間がかかるものらしい、ということに、今更ながら俺は気づいた。いつものところを通ると、ニャー、と聞こえてくるんじゃないだろうか、とか、思わず路地の方へと目を向けてしまったりとか。ひゅっ、と塀の上に登ってくるんじゃないかとか、俺は無意識に塀の上を確認してしまったりしていた。そんな俺を冷静に見ている自分もいたりして、思わずフッ、何やってんだ俺、とそんな自分を嘲笑ってしまうこともあった。そんなある日、出来るだけ見ないようにしよう、と、下を向いて歩いていた。そして、例の路地へ近づいたとき、路地の方から足音が聞こえてきた。ふと顔を上げると、そこには、クリムを抱いたさんが立っていた。
「ニャー。」
クリムはそう言って、ゴソゴソとさんの腕から降りようと暴れだし、ぴょんと飛び降りたかと思ったら、俺に近づいてきて、足元に擦り寄りながらゴロゴロ言い始めた。え?と俺は思いながらちょっと戸惑っていると、さんが「ご、ごめんなさい」と言いながら近づいてきた。
「あ、いや......」
「すみません。クリム、こんなに知らない人に懐くことないんですけど......珍しいなぁ。」
「え?そうなの?」
「えぇ。結構人見知りなんですよ。外にもあまり出ないし。」
「マジで?いや、俺、よく見かけてたけど......」
「え?ホントですか?」
「あ、あぁ。ほとんど毎日会ってたし。」
「ふふふ。そっかぁ。クリムったら......日向さん、猫、好きなんですね?」
「え、ま、まぁ......って、俺の名前......」
「バスケ部キャプテンの日向さんでしょ?知ってます......」
「あ、俺も、えと、さん!」
「はい。」
「あ、いや、あの、返事されてもなぁ......」
「フフフ。ごめんなさい。」
そう言って、さんは、クスクスと俺の大好きな笑顔で笑っていた。すっごく久しぶりに見た気がする。やっぱこの笑顔好きだなぁ、そう思いながら俺は無意識に彼女を見つめ続けていた。
その日から、帰り道、クリムと一緒にさんも同じ場所で出会うようになった。クリムはいつものように塀の上へ、さんは路地の入口に立ってクリムの方を向いて佇んでいた。俺が近づいていくと、いつものようにクリムが「ニャー」と鳴き、それを見てさんがクスクス笑っていた。そんな彼女たちを見て俺はほっこりする。そんなゆったりしたひとときが続いていたある日、俺は思い切って一歩前へと踏み出した。
「さん、今度大きな大会があるんだけど、もし、良かったら......応援に来てくれないか、な。」
一瞬、クリムを抱く彼女の目が大きくなったけれど、すぐにあの俺の大好きな笑顔になって、
「もちろん、喜んで......クリムは......残念ながらお留守番かな。」
と、彼女はクリムを撫でながら、顔を赤くして俯いた。
fin
by ゆかり 2012/07/31
《つぶやきという名のあとがき》
アンケートくださった、”りりあん”様からのご意見を元に、書いてみましたー!
りりあん様、いかがでしたでしょうか。。。
日向くん、猫好きということで、猫ちゃんを題材にしてみたのですが。。。
”片思い→両想い”ということで、、、にしては、まだ未満っぽくなってしまって。。。すみません<(_ _)>
ストイック(?笑)な日向くんなら、この辺くらいが妥当かな、と。
んあ゛〜、でもでも、どうでしょうか。。。
日向くんらしさが出てるといいのですが。
りりあん様、ご期待に添えてなかったらごめんなさいっ(>_<)
りりあん様からのみ、ご意見等受付させていただきます!
でもでもっ。楽しく書かせていただきました。ありがとうございました。
ちなみに、猫の名前の”クリム”は、わたしの大好きな
「内田彩乃さん」が飼ってらっしゃる猫の名前をお借りしました!
ではでは。ここまで読んでくださった貴女さま!
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
陳謝。
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