*** びかいいん by Fuji
何だってこの寒い日に、朝から水やりをしなきゃならないのか。お花さんだって凍っちゃうよ、ホント。美化委員の仕事と言うのも結構つらいものだ。水のせいで手も足もしもやけになっちゃうし、上着は着てるといってもあまり意味ないくらい風は吹きつけてくるし...ま、でも、この可愛いパンジーたちを見てると、そうはいいながらも癒されるのよねー、、、などと思いながら、わたしは周りの小さな草を抜いたり、肥料をまいたりしていた。するとそこへ、用務員のおじさんが声をかけてきた。
「おうおう。この寒いのに、頑張るのぉ。」
「あ、おはようございます。」
「わしもこの辺は、肥料をまいたりしとるから、ここはええよ。それにもうすぐ始まるじゃろ。寒いし、早く中に入りんさい。」
「すみません。ありがとうございます。」
いつもお世話になっている用務員さんに会釈をして、たたたっと小走りに昇降口へと向かう。あと5分で予鈴が鳴る。わたしは急いで自分のクラスへと戻った。
持って来ていた携帯用のカイロを握りしめながら教室へと入っていく。
「おはよう。」
「、おはよっ。朝からお疲れ様。」
友人にねぎらいの言葉をもらいながら、ホッとして席に着く。そして、いつものように左斜め前、とは言ってもかなり前方だけれど、そちらの方へ目を向ける。窓際の一番前の席。そこに不二くんは座っていた。一時間目の準備をしているところみたいだ。所作が綺麗でつい見とれてしまう。テニスをしている不二くんの応援も何度か行ったことがあるけれど、そのプレースタイルも、テニスには疎いわたしでもしなやかな動きをしているのが分かるし、やっぱり見惚れてしまうのだけど、普段の動きも無駄のない、ソフトな感じで、ついつい目がいってしまうのだ。そんな不二くんに対して、好き、というよりは、どちらかというと、憧れ、に近い感じで、わたしは心を寄せていた。
一月にしては爽やかな気持ちの良い朝だった。わたしはいつものように水やりを終えいつものように教室へ入りいつものように不二くん観察。そう。毎日見ているから分かる。今日の不二くんは、いつもと違うぎこちない様子。一生懸命窓際を窺っている感じに見えた。何かいるのかな。わたしは首を伸ばして右へ左へと頭を動かして様子を窺ったけれど、ここからではよく見えなかった。
休み時間になって、どうしてもその不二くんの様子が気になって、尋ねてみようと不二くんの近くへ行ってみた。そばまで行くと尋ねる前にすぐに分かってしまった。窓のすぐ横のカウンターのようになっているところに、可愛らしい小さめのサボテンが置いてあった。そっか。確か不二くん、サボテン育ててたんだっけ。去年、二年生の時、夏休みの自由研究で、不二くんは確か都内の研究発表会で優秀な成績をとったって表彰されていた。ずっと大事に育ててるんだ、と思いながら、わたしは出来るだけぎこちなくないよう、不二くんに声をかけた。
「それ、おうちのサボテン?」
そのわたしの声に反応した不二くんは、振り返ってわたしを見てニコッと微笑んだ。
「うん。そうなんだけど、ちょっとこの子元気がなくって。気になって学校に持ってきちゃったんだ。」
ニコニコしながらも、心配そうにそのサボテンを見つめる不二くんの優しさが伝わってくるようで、何だかほんわかした気持ちになった。わたしは、「へぇ、そうなんだ。」と言って、ちょっと見せてもらってもいい?と許可をもらって、そのサボテンちゃんを触らせてもらった。もちろんとげとげなので、直にじゃなく、鉢ごとだけど。
「そっか―。ここんとこ、ちょっと寒かったから、それが応えちゃったのかなぁ。」
「そう。僕もそうなんじゃないかと思ってね。凄いや。さん、よく分ったね。」
「そんな、凄いってほどじゃないよ―。何となく、サボテンって暑そうなところに生えてるイメージあるから、雪とか降っちゃうとあまりよくないのかな―って。」
「そうなんだよね。やっぱり寒さには弱いみたい。もうちょっと大きいやつだと平気なんだけど、この子はこの冬が初めてでね。」
「それは、心配だね。」
「うん。でも、今日は暖かいから大丈夫かも。ありがとう、さん。心配かけちゃったね。」
「うううん、そんなことないけど、何となく不二くんの気持ち、分かるような気がしたから。」
「そっか。さん、毎日学校で水やりしてるものね。いつもご苦労さま。」
「いえいえ。これも委員のお仕事ですから。」
と、わたしは照れ隠しに頭をポリポリ掻くしぐさをしながら、また見せてね、と言って不二くんの席から離れた。こんなに話したの、初めてかもしれない。結構不二くんって話しやすい人なんだと思いながら、また心が温かくなった気がしてわたしも席に着いた。
それから、時々不二くんと植物のお話をするようになった。わたしが水やりをしている時に声をかけてくれることもあった。意外にも不二くんはサボテンだけじゃなく花の名前もいろいろ知ってて、学校に植えてあるわたしがどうしても分からなかった花の名前も教えてくれたりした。そして、どうしてそんなに花の名前を知ってるのかを尋ねたら、写真を撮るのが趣味だから、って答えてくれた。そうだ、そういえば不二くん、卒アル委員だったっけ、と修学旅行の時、自前のカメラを持ってあちこち忙しそうに動き回ってた不二くんを思い出していた。
ある日の昼休み、中庭のお花が気になってそのお花を見に行った時、帰りにばったり不二くんに出会って、一緒に教室へと歩いていた。
「あ、不二くん、そういえば、この前のサボテン、どうなった?元気?」
「うん。ありがとう。お陰さまで色も良くなってきたし、元気になったよ。」
「そっか―。良かった―。」
「フフフ。そうだ。さん、サボテン見に来る?」
「え?不二くんのお家に?」
突然のお誘いにわたしはびっくりしながら、「お邪魔しちゃってもいいのかな―」と、遠慮がちに尋ねてみたら、「もちろん。僕のコレクション、見せてあげるよ。」って、嬉しそうに言ってくれた。いや、わたしの思い違いかもしれないけれど、不二くんがとても楽しそうに話してくれるので、「じゃぁ、お言葉に甘えて」ということで、遊びに行くことになってしまった。
不二くんのお家は我が家なんかよりもずっと大きくて立派で、不二くんの醸し出す上品さが分かるような佇まいだった。お家の中もそれはそれは立派で素敵で、わたしが溜め息交じりにきょろきょろしながら入って行ったので、それがおかしかったのか、さん大丈夫?、なんて、クスクス笑われてしまった。それに、通された不二くんのお部屋もとってもステキだった。そういえば、男の子のお部屋に入ったのなんて、小学校?いや、幼稚園以来かも。にしても、わたしの部屋なんかよりもずっと広くて綺麗できちんと整理整頓されてて、本当に来て良かったのかしらと思ってしまうほどだった。
わたしが壁に貼ってある不二くんが撮った写真に口を開けて見とれていたので、不二くんは笑いが止まらないといった風で、「さん、どうぞここに座ってよ」と、クッションを用意してくれた。そして、小さいテーブルに例のサボテンを持って来て置きながら、
「ちょっとこの子見ててくれる?お茶、用意してくるから。」
と言って部屋を出て行く不二くんに、「おかまいなく」と一応声をかけたけれど、何だか落ち着かず、結局そのサボテンちゃんを見ながら不二くんが戻ってくるのを待っていた。そういえば、わたし、勝手に、"サボテンちゃん"って思ってるけど、男の子かも。だったら"サボテンくん"だよね、なんて一人でそのサボテンに話しかけていたら、不二くんがトレーを持って戻ってきた。
「フフフ。さん、そのサボテンとお話してたんだ。」
「あはは。聞こえちゃった?」
「ちょっとね。ちなみにその子は女の子だよ。」
「へえ、そうなんだ―。」
そんな話をしながら、不二くんが丁寧にお茶の用意をしてくれて、どうぞ、と言ってくれたので、いただきます、と遠慮なく口にした。紅茶だったけど、これまた上品でいい香りがする。これはきっと、うちのティーパックとは違うよな―、なんて思いながら、横のケーキも頂いた。これも手作りみたいでとっても美味しい。
窓辺のいろんな形のサボテンを見ながら、サボテンの種類や性質とかをいろいろ教えてもらった。そして、今まで不二くんが撮ってきた写真も、お花だけじゃなく、いろいろ見せてもらった。不二くんのコレクションたちは、不二くんに愛されてて幸せだなぁ、なんて思いながら、ふと思いついたことがあって尋ねてみた。
「ひょっとして、このサボテンに、名前とか付けてるの?」
「フフフ。内緒。」
「はは。そうだよね―。このサボテンちゃん、女の子って言ってたから、もしかして、って思ったんだけど。」
と言いながら、ちょん、とそのサボテンをつついてみたら、
「気になる?」
って不二くんが言うから、
「ん―、ちょっとね。不二くんって、付けるんだったら、どういう名前付けるんだろうって思って。」
って言ったら、
「じゃあ、その子の名前、教えてあげる。、っていうんだ。」
「へえ、ちゃんかぁ。わたしと一緒だ。」
「うん。いつも話しかけてるよ、、って。」
「え?」
「キミの名前を付けたんだ。」
当然わたしは固まってしまって、完全に放心状態。頭は真っ白、何が何だか、いや、何も考えられないし、もちろん、全く状況が把握できない状態。
「ごめん。驚かすつもりはなかったんだけど、僕、さんのこと、好きなんだ。」
きっと、不二くんに告白されて、嫌な思いをする人はいないんじゃないかと思うけれど、いやそりゃ、わたしだって、好き、というか、どちらかというと雲の上の存在で、憧れてて...
「僕のこと、いろいろ知ってもらいたくて呼んじゃったんだけど、迷惑だったかな。」
「いやいや、そ、そんな、迷惑だなんて...」
「キミといると、すごく自然体でいられるんだ。ひょっとしてさんもそうなんじゃないかな。そんなキミに惹かれたんだけど。」
「あ、ありがとう。いやぁ、何かびっくりしちゃって。ごめんね、上手く言葉にできなくて。」
「うううん、僕の方こそ突然ごめん。ねぇ、このままお付き合いさせてもらってもいいかな。」
「あ、え―と、頑張ります。よろしくお願いします。」
「フフフ。そんなに構えないで。自然体なのが好きだって言ったでしょ。今まで通りでいいから。」
「う、うん。」
わたしは、紅茶を一気に飲み干した。大丈夫?お代わりあげるよ、と不二くんは継ぎ足しながら、こちらこそよろしくね、と言ってくれた。
帰り際に、不二くんは育てたサボテンを一鉢くれた。あのわたしの名前のではなくて、でも同じくらいの大きさの同じ種類のサボテンだった。わたしの名前の付いたのは自分が育てるから、これは大事にしてやってね、と言ってわたしの手に渡してくれた。じゃ、わたしも、"しゅうすけ"って付けよう、って思った。
fin
by ゆかり 2012/01/31
《つぶやきという名のあとがき》
思ったより長くなってしまいました。
書いてて楽しくてついつい、って感じで進みました。
時間も思ったよりかかってしまったのだけど、
ちゃんと仕上げたくてちょっと頑張りましたが、
いかがでしたでしょうか。
ビミョ〜に、周助くんの片思いになっちゃいましたけど、
ヒロインちゃんは、まだ自分の気持ちに
ちゃんと気付いてない、ってことで。
きっと、自宅に戻ってから、ひしひしと
感じることでしょう。
そういうのも、たまにはいいかな、と。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
陳謝。
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