おっ。今日も頑張ってるな。





毎朝、中庭で作業をしている彼女を見るのが、
いつもの俺の日課になっていた。












*** びかいいん by Atobe








朝練を終え、自分の教室へと戻る。廊下からふと中庭を見ると、花々に水やりをしている女がいる。こんな時間ギリギリまで何やってんだと思ったが、委員の仕事なら仕方のないことなのかと、その時は特に気にも留めなかった。

昼休み。
サロンへ行く用があったので、渡り廊下を通りながらまた何気なく中庭へ目をやると、今朝の女がやはり水やりをしていた。一日にそんなに何度もやらなければならないのか、と思ったが、この広い学園内、一度じゃ済まないのかもな、とも考えながら、熱心に水やりをする彼女を見ながらサロンへと向かった。

今まで全く気が付かなかったのが不思議なくらい、次の日もその次の日も、毎朝その女は中庭で水やりをしていた。作業上、どうしても下を向くことが多いので、顔を見ることはほとんどなかったが、ある時ちょうどこちらの方を向いて水やりをする時があって、どんな顔をしているのかと目を凝らしていると、はっきりとは分からなくても、とても柔らかく優しく微笑んでいる表情が窺えた。その表情を見た時、心の中にポッと明かりが灯ったような気がして、それからは彼女が気になって仕方がなくなっていた。

さすがに雨の日に見掛けることはなかったが、それにしても毎日毎日熱心に頑張るな、と、跡部はまた彼女の笑顔が見れるようにと思いながら、廊下を通るたびに中庭をチェックするようになっていた。時々、立ち止まって見る時もあった。俺に気付かないか、と思いながらも、距離的にかなり無理がありそうで、とりあえずはずっと見守っててやろうと思うに至っていた。まぁ、気付かなきゃ気付かないでいい、と。

ずっといろいろ見ていると、彼女の場合、委員として義務的にやっている、というよりは、本当に花々が好きでしているのが分かる。たまに植え替える時なんかは、用務員の人を手伝って、まず古い花を抜き、綺麗に土を耕して、肥料をまいて、それから丁寧に苗を植えていっていた。その時の表情が何とも楽しそうで嬉しそうで、見ているこっちも思わず顔が綻ぶ。そういえば、家の庭師たちも、木々や草花を我が子を慈しむかのように、いつもとても丁寧に作業をしてくれているのを見たことを思い出していた。何でも愛情を注いだら返してくれるものなのかもな、と、他の綺麗にキラキラと輝きを放ちながら咲き誇っている花々に目をやりながら、跡部はふぅっとため息をついた。

ふと、彼女の方を見ると、一人で苗を運んでいるところだった。苗がたくさん入ったケースを運び、それを花壇の近くへ置いて、丁寧に花壇へと植える作業をしていた。と、その時、急に彼女の動きが止まった。どうも様子がおかしい、と思い、よく見てみると、左手を胸に引き寄せうずくまっているようだった。少し様子を見ていたが全く動く気配がないので何かあったんだと思い、夢中で廊下を走って階段を下り、中庭の彼女の元へと駆け付けた。そして、彼女を抱きかかえるように傍へと座った。

「おい、どうした。」

と跡部が声をかけると、彼女は、はっ、となって、跡部の方へと顔をあげ、びっくりしたような表情をしたが、痛みの方が強いらしく、うっ、と言って、またすぐにうずくまってしまった。跡部は「ちょっと見せてみろ。」と言って、彼女の左手を掴み、強引に自分の方へと引っ張った。そしてその手を見てみると、親指の付け根の部分が赤く腫れている。すぐに辺りを見回して、彼女が持っていたであろう苗の方を見ると、15cmくらいはあろうかと思えるくらいの大きなムカデがカサカサと這っていた。これか、と判断した跡部は、すぐに彼女を抱えあげ、医務室へと向かった。

跡部は自分にも経験があったので、どの程度なのかは容易に想像できた。まだ今からもっと腫れるだろう、そう思い、気付いた時には彼女を抱きかかえていた。後ろの樺地に目配せをすると、医務室の戸を開けさせる。そして入るなり、「先生、済まない。ちょっと診てやってくれ。」と言って、彼女をベッドへと連れていった。「何なに?何事ですか?」と養護の先生はあたふたと駆け寄る。跡部は顔面蒼白になっている彼女につき添いながら経緯を説明した。処置が施される間、起き上がろうとする彼女を大人しく寝かせようと、跡部はずっと付いていた。

「あの...先輩......どうして...」
「たまたま偶然だがな。ちょうどお前が作業しているところを、二階の廊下から見てたんだ。どうも様子が変だったから、すぐに駆けつけてここへ連れてきた。」

跡部が端的に説明すると、まだクラクラするのか、彼女は横たわり、右手の甲をおでこに当て、目を瞑った。よくよく冷静になって考えてみれば、彼女とは初対面であって、まぁそうは言うものの、自分は生徒会長でもあるし、彼女の方は自分を知っててもおかしくないのか、と思い、また自分もあれだけほとんど毎日のように見ていれば初めてという気にならず、それよりも逆にやっと会えたような気がして、無意識に彼女の頭を撫でていた。

「跡部くんの適切かつ迅速な判断のお陰で、あまり酷くならずに済みそうよ。良かったわね。」

そう養護の先生に言われ、彼女は嬉しそうに微笑んだ。まだちょっとしんどいのか、つらそうだったが、跡部も少し安心した。

「まだ大人しく寝とけよ。担任の先生には俺から言っといてやる。名前とクラスは?」
「2年B組、です。」
「分かった...先生、急にすみませんでした。ありがとうございました。」

彼女の方は大丈夫よ、跡部くんも気を付けてね、と言われ、その後ろから、先輩すみません、という小さな声が聞こえたので、跡部は片手をあげて合図し医務室を後にした。



それから数日後、跡部が中庭を見ると、彼女がいた。今度は、彼女の方が跡部に気付いたようで、水やりを止め跡部の方を向いてぺこりとお辞儀をした。跡部もそれに片手を軽くあげてこたえた。







fin

by ゆかり 2012/01/11











《つぶやきという名のあとがき》

一気、本当に、朝思いついて、ざっと3時間弱で書きあげちゃいました!
いや、まさか、ホントにこんなに早く仕上がるとは思ってませんでした。

にしても、ちょっと、終わり方が中途半端だったでしょうか。
何だか、長い長いお話が、ずっと頭の中にたくさん棲みついてたので、
一つ、短めの軽めのが書きたいと思ってたので、
ちょうど良かった、というか...

片思い、好きなんです。その経緯とか、
両想いになるまで、が、いいですよね。
この二人も、今からいい感じになればいいなと思います。
名前変換、あまりなくてごめんなさい<(_ _)>

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
陳謝。